いつもの時間に、いつものようにベルが鳴った。
 それを聴いた僕はいつもと同じく、ベッドの中から手を伸ばしていつものところ、まくらのそばに置いてある時計の頭を平手で叩く。
 ……ふう、静かになった。だから寝よう。おやすみ。
 いつもの通りに、ふとんに潜り直す。さっきよりも、深く。まどろみの底へ。
 …
 ………
 ……………
「って二度寝してる場合じゃないっ!」
 僕は本当に叫びながら跳ね起きた。ちなみに声を出しながら起きるのは雑誌に「朝起きても頭がすっきりしないときは声を出してみよう」って書いてあったのを自己流にアレンジしてみたもので、これもまぁいつものことだ。
「ったく、なんで目覚まし時計が鳴らないかなぁ……」
 毎朝起こしに来る妹とか幼なじみとか、そういう便利なひとは僕にはいない。
 幼なじみが起こしに来てくれるのはゲームの中だけで、普通の幼なじみは家の中まで入ってきたりはしないって。
 ……何度も思い描いたことはあるけど。
 そんなどうでもいいことを思いながら時計を見ると七時四十分。急がないと待ち合わせに間に合わない。
 僕は昨日のうちから着やすいように用意しておいた高校の制服を着ていった。その間、三十秒。毎日焦って着替えてるから制服を着る速さにはちょっと自信がある。
 そして僕はカバンをつかみ、腕時計をはめて一階のリビングに駆け下りた。
 一階に降りたところからもう味噌のいい匂いが漂ってきている。
「修吾、もう少し早く起きてきなさいよ」
 リビングに入ると、匂いともう一つ、朝ご飯の支度をしている母さんの声が出迎えてくれた。
 テーブルの上にはおみそ汁に卵焼き、そして海苔にご飯と美味しそうな朝ご飯が並んでいる。きっちり二人分だけ。
 もう一人、僕の分はいつもの通りにお皿の上に置いてある大きなおにぎり。ろくに見ないでひっつかむ。そしてそのまま流れるように一口かじった。
「父さん母さんおはようっ、行ってひまふっ!」
 おにぎりを食べながら言って、僕は玄関へと駆けだした。
「はいはい、気をつけて行ってらっしゃい」
 せわしないわねぇ、との声を後目に僕は走った。遅れるわけにはいかない。そう、絶対に。
 つまるところこれが僕、西村修吾のいつもの朝だった。


「ったく、この坂長すぎるって……」
 待ち合わせ場所はこの坂を上ったすぐ先にある電柱の前だ。ちょっと前に公園があるのに、どうしてわざわざそんな何でもないところを待ち合わせ場所にしたのか分からないぐらい目立たないところ。でもそこが昔から決まってる僕らの約束の場所だった。
 空は雲一つない快晴で、そのうえもうすぐ夏だから照りつける日光が痛い。
 僕は息を切らせながら坂を上った。自慢じゃないけど運動不足には自信がある。走りながら腕時計を見ると七時四十四分、ギリギリ間に合いそうだ。
 待ち合わせの時間は四十分なんだけど、五分間は待つというのが三人の中での暗黙の了解になっていた。二秒でも過ぎたら容赦なく置いていかれるんだけど。
 坂を上りきると、二十メートルほど先に見知った顔が二つならんでいた。それを見てほっとする。ああ、今日も置いていかれずに済んだ。神様ありがとう。
 海苔の付いた左手を振って僕は目の前にいる二人に合図した。あと十五メートル。
「潤平、明日香、ごめんごめん……」
 もう大丈夫だ。言いながら少し走る足を緩めた。あと二十メートル。
 ……二十メートル?
「いやちょっとなんで離れていくの行かないでってば!」
 歩き去っていく背の高い男女ペアの後頭部。あと三十メートル。
 この二人はオニとアクマだったことを忘れていた。足を緩めたことを後悔する。あと三十五メートル強。
「おにー、なまはげー!」
 言ったところでどっちも何も言ってくれない。まあ当然か。あと四十メートル。
 ……あ、なんか二人で笑ってるし。
 くそ、なら覚悟を決めてやる。もうしゃべってる暇はない。あと四十メートル。
 車二台がやっと通れるぐらいの道を、突っ走る。
「待てやお前ラあっ!」
 映画で見た5910のひとっぽく叫んで僕は走った。主観的に八秒ほどで追いつき、追い越して二人の前に回る。
「ったく、朝から五十メートル走なんてさせるなよ……」
 ちょうど二人と僕が三角を描くように陣取って、息を吐く。二人の動きがぴたりと止まった。あとマイナス五メートル。
 そうして息を切らせていると、二人は揃って大笑いしだした。
「ははははっ。修吾、お前本当に毎日ぎりぎりに来るな。それも大急ぎで」
「……うるさいな、急がせたのはお前だろ。なんで見てから先に行くんだよ」
「いや、毎日待たされてるんだからたまには先に行きたくなるよなぁ?」
 そう言って馬鹿笑いするこいつ、河相潤平とは生まれたときからの付き合いだ。
 生まれたときから、というのは冗談でもなんでもなくて、こいつとは誕生日も生まれた病院も同じ。ついでに家も近所。母さんに言わせると生まれる前からの付き合いだそうだ。
 勉強はそれなりにできてスポーツはバスケット限定で万能。背は高い――僕と同じく百七十五ぐらいだけど足は長くない。口は悪いんだけど、基本的にも応用的にもいい奴で、どこまでも面白い奴だ。それに結構鋭いところもある。
 ……嘘はすぐ見破られるんだよなぁ。潤平には。
「そそ、修吾はただでさえ運動不足なんだから。たまには走らないとね」
 もう片方の女の子からも声がかかった。
 ……この声を聞くと何とも嬉しい気持ちになる。
 僕は声の方向に顔を向けた。顔だけは嫌そうにして言う。
「それ、先に行くのが目的じゃなくて走らせるのが目的になってる……」
「そう? まあどうでもいいじゃない」
 彼女、羽瀬川明日香とも長い付き合いだ。
 よく覚えてないけど、気が付いたときからいつも潤平と三人で遊んでいた。むしろ遊ばれてたような気がする。
 今時珍しい、というかちょっとない腰まで届きそうな長い黒髪と、女の子にしては大きい身長、あと本人に言わせると六文字に渡る名前が特徴。いつでも笑顔で、愛嬌のある表情がくるくるとよく変わる。
 身長に似合ってスタイルも良くて、それだから結構人目を引いたりもする。
性格は泣かせたり泣かされたり泣かされたり泣かされたりしたことを考えてもまぁ、いい方だろう。うん。
 そうそう、根は泣き虫なんだけど、絶対に人の前では泣かない子だった。
 学校では入学早々演劇部に入って頑張っていた。それでもスポーツはできる方で、体育の時には他人の土俵で鬼のような活躍ぶりを見せている。
 主観に従って要約すると、とにかく活発で、かわいい子だった。
 潤平とも明日香とも幼稚園からこの前入った高校までずっと同じ学校で、不思議なことにクラスまで離れたことがない。それに家も近いのでずっと一緒に登校している。
 高校生にもなってカップルでもない男女で一緒に登校しているなんて珍しいけど、僕にはありがたかった。
「ま、それはおいておいて修吾、おはよう。今日も遅かったわね」
 律儀に挨拶してくる明日香。いらない一言を付け足してくる。
「目覚まし時計が鳴らなかったんだよ。あのボロ時計」
「嘘つくな、毎日自分から寝坊してるくせに。どうせ無意識に止めてるタイプだろ?」
 そう言って笑いながら小突いてくる潤平。うう、わかってるさ二度寝してることぐらい。
 僕は憮然として言った。自分でもできはしないと思うことを提案してみる。
「うるさいな。そんなこと言うのなら明日からもっと早く来てやるよ」
「いや、無理すんな」「それは無理ね」
 本当に一瞬も間をおかずに即答してくる二人。うわ、さすが長い付き合い。
 仕方がないから手に持っているカバンで潤平の頭をはたいてやった。大丈夫、教科書は学校に置きっぱなしだから中身は軽い。
 ばすん、と何とも間抜けな音が鳴った。
「あ、ごめんつい……痛たたたた痛い痛いギブアップっ」」
 謝ってる途中にはもう潤平の大きな手が僕の頭を掴んでいた。バスケットボールも軽々と掴む握力がこめかみにかかる。
 涙目になりながら謝っても離してくれない潤平。張り付いた笑顔が怖い。
「まったく、二人とも馬鹿ねぇ」
 そう言いながら笑ってる明日香。助けようとはしてくれない。まあ、いつもの構図だ。
「悪かった、悪かったからっ」
「ほほ〜う? わかったんならそれでいいけどなぁ?」
 僕が必死にそう言うとやっと潤平は手を離してくれた。こめかみがじんじんしている。
 僕は額を押さえながら横目で明日香を見た。まだ楽しそうに笑っている。それを見ると自然と表情がゆるんできた。
 ……僕は彼女に会うためにいつもここに来ている。
 いつの頃からか、彼女を見るだけで胸がドキドキして、顔が熱くなった。気が付けば家でも彼女のことばかり考えている。授業中でも、今この時も。
 抱きしめてみたいとかキスしてみたいとか、よからぬことまで考えてたりする。
 そう、僕は彼女のことが好きだった。幼なじみとしてじゃなくて、女の子として。
 二人だけでデートしたいと思うことなんて日常茶飯事だし、いっそ告白してみようと思ったこともある。
 でもそんなことは言い出せなかった。明日香はもちろん、潤平にも。
 僕も含めた三人は家族みたいなもので、恋愛がどうのこうのっていう感じじゃないし、そんな話をしたこともない。
 僕らは幼なじみでいい友達同士だったし、三人でいるのが心地よかった。何を考えるにしても基準はいつも三人だった。
 明日香は好きだけど、潤平も好きだ。違う意味で本当に。この関係を壊したくなかった。
 いつまでも、三人で気楽にやっていきたい。みんなで笑っていたい。
 だから僕はずっとこのままでいいと思っていた。
 けどまぁ、やっぱり明日香はどうしようもなく好きだったりする。残念ながらむこうはさらさらそんなことは思ってないみたいだけど。
 ……小さいときはちょっと特別な関係だったんだけどなぁ。
「さて、修吾も来たことだし、学校行こうぜ。一限体育だしな」
 散々じゃれあった後で面倒くさそうに潤平が言った。
 ここから学校までは普通に歩いて二十五分ほど。授業が始まるのは八時半だから余裕はたっぷりある。
 なんでこんなに早い時間に待ち合わせるのか聞いてみたら『お前が遅いからだ』って二人に言い返されたことがある。起きれないんだからしょうがないじゃないか。
「そうね、張り切っていきましょー」
 明日香は気楽に言って、さっさと前に歩いていった。僕らも遅れないように付いていく。
 どうでもいい話をしながら、今日も僕は学校へと向かった。
 どこからか、気の早い蝉の声が聞こえてくるような気がした。

 

「うー、寒……」
 廊下からもう寒かったけど、校舎を出ると刺すような冬の寒さが僕を襲った。
 外はもう暗くて、クラブ活動をしている生徒も見えない。
 時計を見ると六時すぎ。いつもは部活もしてないからとっくに帰ってる時間だけど、今日は三学期の初めから文化委員の集まりだかなんだかで残されてしまった。学期始めのこれさえなかったら楽なのになぁ。大して何をするわけでもないのに。
「潤平も明日香も……いないよな」
 二人はいつも部活でこのぐらいの時間まで残ってるはずだ。けどあいつらがどこにいるかなんて普段何もしてない僕にはわからない。
 二人と一緒に帰るのを諦めて僕は前へと歩いていった。寒いからさっさと帰ろう。歩きながら手袋をはめる。
「お、西村。こんな時間に珍しいな。補習か?」
 正門の辺りで声をかけられた。門のそば、薄っぺらいジャージ姿が決まっている。
「先生、僕の成績はそこまで悪くないですよ。文化委員だったんです」
 担任の先生だった。若くはないけど気さくな人で、何かと話しかけてきてくれる。英語の先生なのにジャージを着ているのはたぶんバスケット部の顧問だからなんだろう。
「そうかそうか。でも成績ってのは急に落ちるから気をつけろよ」
 笑いながら不吉なことを言ってくれる先生。僕は苦笑いしながら受け流した。確かに身に覚えがある。
「じゃ、まぁ、さような……」
 ら、と言いかけたかけたところで気が付いた。
「あ、そういえばバスケット部ってまだ練習してるんですか?」
 僕は言った。まだやってるのなら少し待って潤平と一緒に帰ろう。
「どうした? 急に」
「いや、友達がいるんでまだやってるのなら一緒に帰ろうと思って」
「ああ、そう言えば潤平と家近かったな」
 先生はすぐに答えた。潤平、と呼び捨てにしているのは部員だからだろう。それに生徒の住所まで覚えてる。この辺りが人気の秘密なんだろうか。
 先生は続けた。
「今日はミーティングだけだったからな。もう終わってる。それにどっちにしろ冬場の部活はどこも五時までだからもう帰ってると思うぞ」
 そう言えばそんな話も聞いたことがあるような気がした。ならなんで僕は下校時刻を過ぎてまで委員会なんてしてたんだろう。
「そうですか……」
「まあ、お前も残されて大変だったな。もう暗いし帰った方がいいぞ」
「ですね。寒いですし」
 本音だった。早くこたつであったまりたい。
「それじゃ、さようなら」
「ああ、最近物騒だから家が近くても気をつけて帰れよ」
 互いに挨拶を交わして、僕は門を出た。先生も校舎へ帰っていく。
 そうしてたくさんの街灯が照らしている道を僕は歩いた。他には誰も歩いていない。寒いから早く帰りたいけど、寒いから急いで帰る気にもならない。
 坂を下ると公園が目の前に見え始めた。大して広くない敷地の隅のほう、ベンチの辺りに照明が集中しているのが目に映る。けれどこの寒いのにベンチに座ってる奇特な人なんているはずがない。
 僕は大して気にもとめずに通り過ぎようとした。
「だからさー、そんな奴いるはずないって。包帯巻いた少女を連れてるヤサ男なんてただのロリコンだろ?」 
「えー、違うよ。噂になってるんだから絶対にいるんだよ」
 声が聞こえた。それもものすごく聞き覚えのある声が。
 僕はとっさに声のした方を見た。その方向――ベンチには予想通りの二人、明日香と潤平が座って楽しそうに話しこんでいた。さっきのは風向きがよかったのか、まだ喋ってるみたいだけど声はもう聞こえてこない。
 二人ともこっちには全然気付かないで話している。手には缶コーヒーみたいなものを持っていた。寒いんだろう。こんな時期だし当然だ。
 僕は二人に近づいていって声をかけようとしたけど、できなかった。立ち止まる。
 二人とも、とても楽しそうだ。寒さなんて気にしちゃいない。
 そう、明日香も潤平も三人で――僕と一緒にいるときよりもずっと生き生きとしていた。
 なんとも言い表せない気分がわき上がってきた。今すぐ二人の間に割って入りたいような、このまま通り過ぎたいような。
 結局僕はその場から動けなかった。向こうよりもこっちの方が暗いし、木の陰にもなってるからもし見つかっても顔までばれることはないだろう。見つかったところで悪いわけじゃないのに、そんなことまで考えた。
 そのままどれくらいか時間が過ぎた。僕はまだじっとそこに立って、二人を見ていた。
 相変わらず話し込んでるけど、声は聞こえてこない。音と言えば遠くの車の音と、風の音だけ。
 動きがあった。どんな経緯なのかわからないけど、二人の動きがぴたりと止まる。
 そんな気は、していた。
 もしかしたらそうなのかもしれないと思っていた。
 考えたく、なかった。
 二人の顔が近づいていく。潤平が明日香の肩に手をかけ、引き寄せる。
 僕は目を離さなかった。いや、離せなかった。

 そのまま、二人はキスをしていた。

 十秒ぐらいたつと二人は離れて、照れくさそうに笑いあっていた。そうしてベンチから立ち上がる。
 潤平が一気にコーヒーを飲み干して、空き缶をベンチのそばのゴミ箱へと投げた。
 からん、とこっちまで届く音がして空き缶はゴミ箱の底へと吸い込まれていった。潤平がガッツポーズを作る。
 明日香はそれを見るとやっぱり笑って、自分の缶も潤平に渡した。そして潤平はまた投げ、また入れる。明日香がはしゃぐ。
 そうしてじゃれ合ったあとに、二人は帰っていった。
 ご丁寧に、手をしっかりとにぎりあって。
 二人の姿が完全に見えなくなったあと、僕はようやく公園へと入った。
 さっきまで二人がいたベンチに腰掛ける。
 ショックだった。ただただ、ショックだった。息を吐く。
 いつの間に二人がそんなことになってたんだろう。何も言ってなかったのに。
 色々な事が浮かんでは形にならないで消えていった。そのままうなだれる。
 なんとも言えない、黒いカタマリ。
 結局、何も整理できないまま僕は家に帰った。
 何も変わらず、いつもの通りご飯を食べて、いつもみたいにテレビを見て、お風呂に入って、寝た。
 色々な思いは、ずっと消えてくれなかった。


 次の日、僕は頭が痛い、と言って学校に遅刻していった。
 気持ちの整理がつかないままあの二人の顔は見たくなかった。子どもみたいな理由で仮病を使ったけどそうなんだからしょうがない。二人には「体調悪いから」とだけメールしておいた。返事が返ってきたけど、返事はしていない。
 当然、寝ていても全然楽にならなかった。それどころか胸が押しつぶされそうになってくる。
 僕は学校に行くことにした。二人の顔は見たくないけど、無性に二人と話したくもあった。
 支度をして、部屋を出る。母さんは「今日は休んだら?」って言ってくれたけど家を出た。とぼとぼと道を歩く。寒いとは思わない。
 学校に着いた。この時間はちょうど昼休みだ。教室に入る。
 クラスにいる何人かはこっちに視線を向けてきたけど、僕は無視して自分の席に向かった。そのまま席に着く。カバンを机の横に掛ける。
 辺りを見回しても二人はいなかった。
 そのまま、何もしないでただ座っているとチャイムが鳴った。ぞろぞろと人が帰ってくる。
 ずっと教室の入り口を見ていると潤平と明日香が帰ってきた。考えてたとおり、二人だけで、一緒に。
 二人とも僕を見つけると驚いたみたいだった。駆け寄ってくる。
「修吾、お前大丈夫なのか?」「寝てなくていいの?」二人とも心配そうに声をかけてくれた。
 また、なんとも言えない気持ちになった。そう、鬱陶しいような負の気持ち。
「大丈夫だよ」
 だからそれだけしか言えなかった。
 チャイムが響いた。同時に数学の先生が計ったみたいに教室に入ってくる。
 二人とも何か言いたそうだったけど、諦めて自分の席へと帰っていった。
 やっぱり学校に来たところで何も変わらなかった。なんでおとなしく寝てなかったんだろう。
 次の休み時間にも二人は来たけど、僕は曖昧な返事しか返さなかった。


 放課後。誰もいなくなった教室でただぼうっとしていると、潤平が教室に戻ってきた。ひざ丈の光沢のある生地のやわらかそうなズボンに、上はTシャツを着ている。練習用なんだろう。
「ああ、やっぱりまだ残ってたな」
 そう言って潤平は僕の机の前にまで来ると、そのまま机に腰掛けた。
 僕が何も言わないでいると、潤平の方から言ってきた。心配そうな顔をこっちに向ける。
「なあ修吾、今日のお前なんか変だぞ? 本当に大丈夫なのか?」
 そう言って話しかけてくる潤平。
 わざわざ教室に戻ってきて、本当に心配して言ってくれてる。長い付き合いなんだからそれぐらいわかる。
 そもそもこれは僕が勝手に落ち込んでるだけだ。潤平が悪いわけじゃない、そう思えた。
 一応気持ちの整理もついたみたいだし、僕もやっと話ができそうだった。
「うん、心配かけてごめん。でも熱があるわけじゃないし大丈夫だから」
「そうか? それならいいんだけどな」
 潤平も心配そうな顔からいつもの笑顔に戻った。そのまま昨日のテレビのこととか、どうでもいい話をする。
 五分ぐらいたって、潤平が時計を気にしはじめた。練習が始まるんだろう。
 そう思っていると、ちょうどタイミング良く潤平は言った。
「それじゃ俺はバスケ行くけど、調子悪いときは無理すんなよ」
「僕が無理しない性格だってわかってるだろ?」
「ははは、それもそうだな」
 二人で笑う。うん、もう大丈夫みたいだ。
 明日香のことは聞けないけど、いつか二人から言ってきてくれるだろう。
 潤平は机から飛び下りた、そして続ける。
「ま、なんかあるんなら相談しろよ。俺らの仲じゃ隠しっこなしだからな」
 そう言った。
 何気ない、いつもの友達を思いやる一言だった。
 だけど、その言葉が思いがけず、僕の心に入ってきた。
 隠しっこなし。確かにそう言った。
 けど、潤平は僕に隠してたんじゃないのか?
 頭の中が真っ白になった。真っ白というよりも頭を絞られるような、どうしようもない感覚。
 僕は思わず言っていた。完全に考えの外だった。
「なら潤平は何で言ってくれなかったんだよ」
 自分でも驚くほど、トゲのある声だった。
「ん? 何をだ?」
 不思議そうに問い返してくる潤平。本当にわかってない、そんな風に。
「明日香の事だよ。付き合ってるんだろ?」
 だから、言ってやった。吐き出すように。
 潤平の表情が変わった。
「知ってたのか……」
 潤平は言った。なんでそんなに申し訳なさそうな顔をするんだ? 笑って認めてくれるだけでいいのに、なぜ?
 どうしようもならなくなる前に、言葉を止めたかった。どこかではそう思っていた。
「昨日公園で見ちゃったんだよ。居残りだったからね」
 けど、止められない。止めようがなかった。
「楽しそうだったじゃないか、あんなことまでしてさ?」
 深刻な顔をする潤平。なんで?
「悪い、言い出せなかったんだよ……」
「何で? 何で謝るんだよ。謝るようなことじゃないだろ」
 僕は感情のままに潤平を責め続けた。潤平は何も言ってこない。
 そして、思い当たった。
「ああ、僕が明日香を好きだって知ってたから? だから謝ってるの?」
 ただ、怒鳴り散らした。潤平は何も言ってこない。なにも。
 そこにも腹が立った。
「何とか言えよ、潤平。それとも僕に言えないようなことだったのかよ」
 僕は立ち上がった。
「早く言ってくれたらよかったんだ! 何で二人でこそこそしてたんだよ!」
 わけの分からない感情を吐き出していた。
「何で言ってくれなかったんだよ!」
 僕は自分のカバンをつかむと、そのまま教室の外へ向かった。後ろも見ないで駆けだす。
 靴の踵を踏みながら、僕は家へと戻った。
 走りながら、考えていた。頭のどこかはずっと冷静だった。
 何も言ってくれなかったこと。
 二人が僕に自分たちのことを言えないと思っていたこと。そう思われていたこと。
 二人のことよりも、そのことが嫌だったんだと、今頃気がついた。
 のけ者にされてたことが、どうしようもなく嫌だったんだ。
 簡単に気付くことができる。一番なくしたくない物を傷つけてしまった、どうしようもない罪悪感と喪失感。
 家に着いて自分の部屋に入ると、涙が止まらなくなった。
 自分がどこまでも嫌だった。
 なんであんなことを言ってしまったのかわからない。潤平は何も悪くないのに。
 頭では完全にわかっているのに、できなかった。カバンをベッドに叩きつける。手提げカバンは無様に口を開いて中身をまき散らしたけど、それにはかまわずに椅子に座って机に突っ伏す。
 二人とも、どんな気持ちで僕に接していたんだろう。
 ただ恥ずかしかったから? だから言えなかった?
 あんなふうに知るんじゃなくて、せめてもっと早く言ってくれてたら、僕も笑って済ませられたのに。
 そんなことを思いながら、ぐずぐずとみっともなく泣き続けた。

 

 いつもの時間に、いつものようにベルが鳴った。
 けれど僕はもう起きてるし、最近はそれで起こされることはない。
 僕はただ習慣でセットしている時計を止めると、一階へと下りていった。着替えはとうの昔に終わってる。
 食卓に着くと朝ご飯が並んでいた。きっちり三人分。
「修吾、あんた本当に朝早くなったわねぇ……」
 そう言いながら母さんがお茶を入れてくれた。
「早くなったって、二度寝しなくなっただけだよ」
「それを早くなったって言うのよ。二年生になってちょっとは自覚が出てきたのかしら」
 そう言って、笑う。
 そうして朝ご飯を食べて、ゆっくりしていると時計はもう八時前。
「じゃ、そろそろ行くよ」
 そう言って僕は立ち上がった。玄関に向かう。
「早起きできるようになったのに行くのは前より遅いのねぇ……」
「大きなお世話だよ。それじゃ、行ってきます」
「早く仲直りしちゃいなさいよー」
 母さんの声を後目に僕は家を出て学校へと向かった。余計なことを思い出させてくれる。
 ちょうど梅雨でじめじめし始める季節。曇り空の下をふらふらと、歩いていく。
 あれ以来、僕は一人で学校へと行っていた。不思議なことに、一人で行くようになってからは簡単に起きれるようになっていた。
 学校でも休みの日にも潤平とはロクに話もせずにそのまま学期が終わり、学年が変わった。
 明日香も何か言ってこようとしてたけど、僕が徹底的に避け続けた。だからもう二人とは長いこと喋っていない。
 明日香のことは今でも好きだけど、どうにもならない。二人でいるところは見かけるから、潤平とはまだ付き合ってるんだろう。
 二年生になって、初めて僕だけが違うクラスになった。ちょっと前までなら嫌だったんだろうけど、今はその方がよかった。
 別に二人が嫌いなわけじゃない。むしろどこかで仲直りしたいと思ってるけど、今更どうしようもなかった。なにを謝ればいいんだろう。そう思いながら坂を上る。
 坂を越えても二人の姿はない。当然だ。会いたくないから時間をずらしてるんだから。
 そうして僕は歩き続け、いつもみたいに遅刻ぎりぎりで教室に着いた。
 空は今にも泣き出しそうで、太陽はどこも照らしていなかった。


 雨音が、続いている。
「あー、やっぱ止まなかったか」
 とっくに授業は終わったけど、昼から降り出した雨で何人かが教室に足止めを食っていた。
 僕と隣の席のこいつもその何人かに入っていて、二人して無意味に窓から外を眺めていた。ここは四階、窓の外には色とりどりの傘と、その間を走って抜けていく傘忘れ組がちらほら見える。
「まったく、修吾の日頃の行いが悪すぎるから」
「なんで僕のせいになるんだよ」
 こいつとは二年生になってからの友達で、趣味は違うのに不思議と気が合った。二人と話をしなくなっても、こいつがいるからまだましなのかもしれない。
「用事あるときに限って傘忘れたりするからなぁ。このまま直接待ち合わせしてるのに」
「なに? 女の子? こんど紹介してよ」
 僕は笑いながら言った。たぶん意地の悪い笑みになっていただろう。
 彼は首を振った。
「まぁ、女と会うことにかわりはないけど保護者付きだから。まったく」
「へぇ? 公認か。おめでとう」
「はい黙れ黙れ」
 そんな風にしながらさらに五分ほど待った後、彼はおもむろに立ち上がった。
「ってなわけで修吾、先帰るわ。時間なくなってきたし」
 言いながら、さっさと自分の荷物を持って教室を出ようとしている。
「ああ、僕はもう少し残るよ。濡れたくないからね」
「……濡れることにはこの際目をつぶろう。仕方ない」
 言葉とは逆にどこか楽しそうな顔をしている。実際のところは濡れてもいいと思ってるんだろう。こいつにはそういう変なところがある。
「つぶってもつぶらなくても濡れるけど、まぁ気をつけて」
「いや、あんまり面白くなかったな今の。修吾ともあろう人間が珍しい」
「ったく。訳の分からないこと言ってないでさっさと行けよ」
 そう言って僕は笑いながら送り出した。彼も手を振って応える。いつもみたいに聴き覚えのない歌を歌いながら彼は帰っていった。
 雨はまだまだ止みそうにない。それでも教室にいる人数は減っていく。窓の外を見ても、もう帰っている生徒はほとんどいなかった。
 普段は読みもしない掲示物なんかを見てたけど、さすがに飽きた。そろそろ潮時だろう。
 僕は諦めて帰ることにした。カバンを右手に持って、最後まで残ってる二人に挨拶して教室を出る。
 下駄箱のところまで来て、改めて雨の勢いを思い知った。
「うわ、結構降ってるな……」
 思わず声を出してしまうほどの降り方だった。土砂降りというほどじゃないけど、この中を傘なしで帰りたくはない。
「……あいつ、大丈夫か?」
 先に出ていった友達のことを思って嘆息する。まぁ、あいつなら濡れても平気だろう、そんな気がする。
「どうしたもんかな……」
 小さく呟いて横を見る。傘立てには誰かの傘がいっぱいささってるけど、まさか無断拝借するわけにもいかない。
 いつも思うんだけど、雨の日の傘はあきらかに生徒数より多い量が置いてある気がする。置き傘とかだろうか。
 そんなことを考えながらしばらく傘立てを見てたけど、それで何が変わるわけでもない。
 ……仕方ない、濡れるか。走って帰ろう。
 僕は諦めて下駄箱を開けて、靴を履いた。そのまま外へと向かう。
「修吾、ちょっと待ちなさいよ!」
 ちょうど昇降口のドアを出たところで後ろから声をかけられた。靴箱の辺りから届いた聞き覚えのある声。少し前までは嬉しかったけど、今はそういう気持ちにはならない。
 無視してそのまま帰ろうとすると、目の前に棒が飛び出してきた。赤いチェックの傘だ。
 驚いて振り向くとすぐ後ろに明日香がいた。少しだけ息が上がっている。
「まったく、人の話ぐらい聞くのが礼儀でしょ。友達なくすわよ?」
「……なんだよ、なにか用?」
 どんな風に話していいかわからないから、僕はぶっきらぼうにそう言った。
「なにか用って、あんた傘持ってないでしょう? まさかそのまま帰るつもり?」
 呆れたように明日香は言った。僕は答えない。
 濡れてもいいから早く明日香の前から立ち去りたかった。
 ばん、と横で太い音が鳴った。目の前に大きなチェックの赤い花が開く。
「ほら、持つのよ」
 さっきの傘を持たされた。横にぴたりと明日香がついてくる。
「……え?」
「どうせ傘持ってこなかったんでしょ? よかったわね、たまたま私がクラブ休みで」
「……えぇと?」僕は混乱した。わけがわからない。明日香は何も思ってないんだろうか?
「もう、傘貸してあげるから一緒に帰ろうって言ってるのよ!」
 そう言ってさっさと前に進もうとする。
 傘を持っているのは僕だから一緒に進まないと明日香が濡れる。仕方なくついていく。
 結局なし崩し的に一緒に帰ることになって、そのまま二人で門を出た。
「まったく、雨が降りそうってわかってるのにいつも傘置いてくるんだから」
「仕方ないだろ、忘れるんだから」
 だんだんと弱まっていく雨の中を二人で歩いていく。右手に傘、その右に明日香。人通りは全くと言っていいほどない。
 最初のうちはそうやって話が続いたものの、すぐに明日香は下を向いて何も喋らなくなった。僕の方からは話しかけれるはずがない。会話が途切れる。
 重い空気の中を歩いていく。
 夢にまで見た相合い傘だったけど、全然楽しくなかった。潤平とも雨の日はこうやって帰ってるんだろうか、そんなことを考える。
 そうしていつも待ち合わせ場所にしていたあたりまで帰ってきたとき、前から近づいてくる車が見えた。白い軽トラック。
「ほら、寄らなきゃ」
 僕はそう言って右手側――明日香の方に寄った。明日香も右に寄り、そこで立ち止まる。
 車が近づいてくる。明日香は動かない。不思議に思って僕も立ち止まった。
 
 車が近づいてきて、
 横を通り過ぎたとき。
 明日香の腕が、僕を抱きしめていた。

「ちょ、ちょっと明日香!?」
 僕は驚いて思わず傘を落とした。甘いシャンプーの香りに、柔らかい感触。
 僕は無様にうろたえたけど、明日香は離れようとはしない。すがるようにぎゅっと強く、強く。
 そこで気付いた。おずおずと手を回す。
「明日香、泣いてるの……?」
 答えはなかった。けどそんなの聞くまでもない。僕にはわかる。
 明日香が胸の中にいる。何度も思い描いてきた、夢にまで見た光景。
 そんな時なのに僕はふと別のことを思い出していた。そう、昔からのこと。
 それは、明日香が近所の猫にひっかかれたとき。
 幼稚園で僕たちの関係をからかわれていじめっ子グループとケンカしたとき。
 小学校の入学式の帰り、転んでしまってきれいな服を汚してしまったとき。
 明日香はどんなときも人前では泣かなかった。潤平の前でも泣かなかった。
 けど、それは明日香が強かったんじゃない。彼女はすごく泣き虫だ。
 だから、泣きたいときは、
 泣きたいときは、いつもこうやって僕の前だけで泣いていたんだ。
 小さい頃は何かあったら明日香を捜して慰めるのが僕の役目だった。
 どうしてだかわからないけど、明日香は僕と二人きりの時だけに泣いていた。
 ということは、今も何かあったんだろう。
 そんなことを思い出しながら、僕は手を明日香の頭に回すと、ぽんぽんと叩いてやった。ゆっくりと明日香を引き離す。
 なんか、今までのわだかまりがどうでもよくなってきたような気がする。
「なに、潤平とケンカでもしたの?」
 僕はわざと何でもないように言った。言えた。
 明日香が首を振る。
「だって……私修吾に酷いことしちゃったみたいで……」
 そこまでは聞き取れたものの、後は言葉になってない。
「ああ、潤平と付き合ってたってこと? あれは確かに酷かった、うん」
 気楽に言う。
「なんで素直に言ってくれなかったの? 言ってくれたらパーティーぐらい開いたのにさ」
 笑いながら言う。わざとじゃなくて、本当に楽にこの話題に触れれるようになっていた。
 さっきまで避けたいと思っていたのが不思議なくらい、普通に話ができた。明日香はまだ泣いている。
「ま、そういうことで今度三人でどこか遊びに行こうか、お祝いに。」
 こんな言葉も言えた。明日香の表情が変わる。驚いたような、なんというか。
「え……」
「うん、僕も、というか僕が悪かったよ。勝手に逆ギレしたりして」
 素直に謝れた。
「言ってくれなかったことがショックだったんだと思う。けどそれで子どもみたいにダダこねちゃって、本当にごめん。ただ確かめればいいだけだったのに」
 そりゃ確かに僕に彼女ができても言いにくいよ、と付け足す。
 ただ、何か仲直りするきっかけが必要だったんだろうと思う。
「ううん、私たちの方こそごめんね。なんか修吾に言うのだけは照れくさくて……」
 明日香もそう言ってくれた。まだ涙は浮かんでいるけど、笑顔で。
 僕も笑い返すと、さっき落とした傘を拾った。
「……あ、雨止んでる」
 晴れ間は出ていないものの、雨はもう降っていなかった。手早く傘を丸めて手に持つ。
「さて、この話はあとで潤平と一緒にたっぷり聞くとして……」
 僕は言った。
「潤平とケンカしてるでしょ、明日香」
「え……」
「だって、おかしいじゃないか。昔から僕に謝るときはいつも謝ってから泣いてたのに」
 彼女が僕に何かしたときは、必ず謝るまでは泣くのを我慢してたんだ、いつも。
 明日香の笑顔がこわばった。
「あはは……バレてた?」
「バレるもなにも。それに他のことで何かあるのなら今なら潤平に抱きつくだろうし」
 言ってやると、明日香の顔色が変わった。耳まで赤く。
「あ、あれは……」
「はいはい、わかってるよ。昔から明日香はああだったからね。けどそろそろあの役は潤平に譲るよ。僕の仕事じゃない」
 笑って付け足す。
「それに、潤平も泣きながら抱きつかれるならまんざらでもないと……って痛っ!」
 殴られた。それもグーで。
 どんどん先に行ってしまう明日香。走って追いかける。
「とにかく、明日の朝は僕が潤平に謝って潤平が明日香に謝って、それでいいね?」
「四十五分になったら行くわよ?」
「あ、最近早起きできるようになったんだけど?」
「嘘ね。それだけは」
 そう言いながら坂を下っていく。
 明日は早起きして、潤平に謝らないと。あいつならグー三発ぐらいで許してくれるだろう。あいつは単純バカだし、大丈夫。
 こうして、僕は友情にも恋愛にもどうにか決着をつけられそうだった。
 雲はどんどん切れていって、もうすぐ晴れ間が覗きそうだった。

 

「……修吾、お、そ、い」
「ごめんごめん、目覚ましが鳴らなくて」
「お前その言い訳好きだろ、絶対」
 八月、僕はまた待ち合わせに遅刻した。とは言ってもいつもの場所じゃなくて、近所の駅だ。
 今日は友達と海に行く約束をしていた。
 まず、家の近い僕ら四人はここで待ち合わせして、それからまた別の駅でもう一人と待ち合わせをしている。
 そう、四人で。
 二人と仲直りしてからすぐ、僕にも彼女ができた。同じクラスの女の子で、眼鏡をかけたかわいい子。
 明日香とは前から友達だったみたいで、明日香と潤平を介して僕に告白してきたんだ。
 実を言うと、僕もちょっといいなと思ってたりしてたわけで、めでたく付き合うことになった。
 最初はちょっと申し訳なかったけど、今は明日香よりも彼女のことが好きだと断言できる。
 潤平と明日香は相変わらず仲良くやっていた。そんなわけで、みんなでよくどこかに行ったりして、前よりもにぎやかに遊んでいる。
 一度二人と離れたのもよかったと今は思ってる。あの後、潤平も何事もなかったみたいに接してくれた。
「さて、んじゃそろそろ行くか。早く行かないとたぶんあいつ駅前で歌い始めるぞ」
「うわ、あり得るわねそれ」
 そうしてみんなはさっさと駅構内に入っていく。
 こうやって僕らはずっといい友達でいられたらと思う。またケンカもするだろうけど、これから先も、ずっと。
「修吾ー! 置いてくぞー!」
「ったく、待ってってば!」
 僕もみんなについていく。
 そんな思いを知ってか知らずか、太陽は今日も変わらず輝いていた。

 


あとがき

 ええと、この小説はSound Scheduleというバンドの「幼なじみ」という曲がモチーフになっています。
 この曲を聴いて感じた、というか頭に浮かんできた話をつらつらと書いているうちにいつのまにやら小説の体裁に。はらしょー。
 実際の曲に合わせるならこんな終わり方ではないような気もしますが、まあそこはそこで。
 取ったり取られたりと黒っぽい話はあまり自分の性分ではなかったり。この曲に至ってはそこが魅力だったりするんですが……

 さて、そんなところです。読んで頂けて、少しでも何か感じるところがあれば幸いです。
 ではでは、お付き合いありがとうございました。

 04 6/13:一部加筆・修正しました。

テーマソング 夏の魔物/SPITZ

 

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